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2005/07/19

主イエスの元に来るために

ヨハネによる福音書 第6章

「わたしをつかわされた父が引きよせて下さらなければ、だれもわたしに来ることはできない。」

 これは一つの驚異である。福音は万民にいつでも開かれているものではないのだろうか。たぶんそれは、いつも万民に開かれているのだろう。しかし原罪と自由意志のために、それでも万民がそこへ入って来るわけではない。そこへ来るためには、更に神によって引き寄せられるということが必要となるのだ。しかし再び、神に引き寄せられ得るためには、人間の側にも何か責任があるのだろう。それは、神に対して心を閉ざしていないと言おうか、何か神のアプローチを拒否しないことが必要なのだろう。
 当時のユダや人は、上記のいずれかの理由で、主イエスの元にやってくることができなかった。そして、主イエスについて否定的になってしまった。しかし、主イエスの元に来ることができなかったのは、彼らだけではなかった。テベリヤの湖畔で主イエスから奇跡的にパンを与えられた多くの弟子たちも、結局主イエスの元から去って行くことになった。主イエスは、彼らのに向かってこう言われた。「あなたがたがわたしを尋ねてきているのは、しるしを見たためではなく、パンを食べて満腹したからである。」彼らは、まさにそうだったのである。
 それでは、いったい何が彼らが主イエスの元に来るのを妨げたのか、それは、神の権威の前にひざまずくことだ。この一点ができるかどうかに躓きの可能性が掛かっている。主イエスの元に来ることができるためには、神の権威の前に徹底して身を低くして、無一物のようになることができなければならない。それができないものは、まだ一度も主イエスの元に来たことのない者なのだ。
 主イエスさま。わたしがあなたの本当の弟子となることができますように。

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