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2005/07/15

ヤコブの井戸

ヨハネによる福音書 第4章

 そこにひとつの井戸があった。その名を「ヤコブの井戸」といった。主イエスは、きっと大いなる感動を持ってその井戸をご覧になったであろう。しかし、そこに一人の女が水を汲みに来た。
 しかし、彼女にとってこの井戸は、信仰の対象ではなかった。それは、生活の一つの基盤であると共に、人目をはばかりながら生きている彼女にとっては、何か気まずい思いの絡んだ対象であったかもしれない。そこには、朝夕にたくさんの人が集ったであろうから。
 主イエスは、彼女に「水を飲ませてください。」と言われた。その憧れをたたえた目を見て、彼女はその井戸の古くて新しい、信仰的な意味を思い起こされたのだろう。しかしそれは、今の彼女には不要のものに過ぎなかった。彼女にも伝統的な信仰への憧れは残っていた。しかし現実には、もうそこへ帰る道はないのだった。彼女はサマリヤ人であると共に、夫を5人も変えた女であったから。
 しかし、次の主イエスの言葉が彼女の心に、全く新しい希望を呼び起こした。それは、彼女が今までに経験したことのない感動を伴っていた。「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。しかし、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう。」
 彼女は思わず言った。「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしにください。」彼女はこれで、今の不幸な現実から逃れられると思ったのであった。
 しかし、主イエスは彼女に、予想できないような言葉を語り、彼女を現実に連れ戻された。「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさい。」彼女が今の不幸な現実から解放されるためには、まず彼女自身が自分の現実と正面から向き合い、それに取り組むことが必要だったのだ。
 主イエスは続けて語られた。「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。」それは、いったいどこなのか。
 それは、まさにここである。いまあなたが立っているところ、あなたの日常の現実の中で、まさにあなたは父なる神を礼拝するであろう。そのためにまず、あなたの夫すなわちあなたの不幸な現実を思い出して、それをわたしのところへ持って来なさい。
 彼女は、主イエスの言われた通りにした。そして、過去から完全に救われたのであった。
 主イエスさま。私が自分の現実に、あなたによって勝利することができますように。

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新しく生まれる

ヨハネによる福音書 第3章

「どうして、そんなことがあり得ましょうか。」

 主イエスは天から来た者であり、すべてのものの上にあった。彼は、その見たところ、聞いたところをあかししたが、だれもそのあかしを受け入れなかった。
 ニコデモは、神を求めていたが、当時の宗教界が与えるものには満足できなかった。そして主イエスの行う奇跡を見て、神が主イエスと共におられると判断した。当時の彼にとって、神の臨在の証拠は、奇跡しかなかったのだ。
 主イエスは、ニコデモに言われた。「人は、新しく生まれなければ神の国を見ることはできない。」ニコデモが見ていたのは、神の国ではなかった。彼はその現象を見ていたに過ぎなかった。それは「風の音」のようなものであった。「風は思いのままに吹く。あなたは、その音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかは知らない。霊から生まれる者もみな、それと同じである。」
 神の国を見るとは、その現象を見ることではなく、そこに生まれることなのだ。
 あなたは、神の国を見ることを求めるのではなく、その中に生まれることを求めなければならない。そうでないなら、あなたは決して神の国を見ることがない。その方法は、ただ一つ、主イエスを信じ、すべてを捨てて彼に従って行くことである。
 主イエスさま。私があなた以外のすべてを捨てることができますように。

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