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2005/07/01

律法の完成

ルカによる福音書 第10章

 「あなたがたが見ていることを見る目は、さいわいである。あなたがたに言っておく。多くの預言者や王たちも、あなたがたの見ていることを見ようとしたが、見ることができず、あなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである。」
 かつて、モーセやエリヤのような預言者が立てられて、目覚ましい奇跡が行われた。民はそれを通して、神が自分たちの集団の内におられることを感じることができた。しかし今は違う。神は、主イエスを信じる者一人一人の内におられ、その人を通して大いなる御業を行われるのだ。
 主イエスは、このときは弟子たちに、病を癒し悪霊を追い出す権威を授けられた。しかし今日では、信じる者の内におられる聖霊ご自身が神の力を現してくださる。聖霊と信仰者の間のコンビネーションは絶妙なものだ。それは実に、一つとなることとさえ表現できるだろう。
 つまり聖霊は私たちに服従し、私たちは神に服従するのだ。このような一見神を冒涜しているような表現をもってしない限り、その一体感を言葉で表現することはできない。聖霊が私たちに服従するとは、聖霊が私たちの行くところに一緒に行かれ、私たちの言葉によって働かれるということであり、私たちが神に服従するとは、私たちが預言的な言葉と行動をするということである。
 そしてこのようなこと一切の目的は、神が私たち一人一人の内に直接住まわれることにより、愛と秩序が私たちの内に具現化し、律法が完成するということなのだ。
 主イエスさま。私たち一人一人を生きたあなたの神殿としてください。

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