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2005/06/29

苦難と栄光

ルカによる福音書 第9章

 主イエスは、弟子たちに尋ねられた。「群衆はわたしをだれと言っているか」
 私たちが主イエスを誰と認識するかは、私たち自身が誰なのかを決定する。バプテスマのヨハネやエリヤ、また昔の預言者たちは、あなたにあまり煩わしいことを要求しないかもしれない。しかし、主イエスはあなたに、すべてを捨てて従って行くことを要求されるのだ。
 ペテロの「あなたこそ神の子キリストです。」との告白は、「すべてを捨ててあなたに従います」との告白であった。主イエスは、そのことを誰にも言うなと命じられた。今はまだそのときではない。弟子たちが主イエスに従うゆえに苦しみを受けるのは、主イエスの十字架と復活の後に予定されていたからだ。
 苦難と栄光、それは主イエスに従う者たちの特徴である。主イエスを愛する者は、主イエスの苦難と死をも愛するのだ。そして、殉教をも愛するようになる。というのは、主イエスを愛するとは、自分のために何かを行うことではなく、神の意志を行うことだからである。
 主イエスと苦難を共にする者こそが、主イエスと共に支配する者なのだ。
 主イエスさま。私のあなたへの愛を増し加えて下さい。

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神の国は力と命

ルカによる福音書 第8章

 主イエスは、神の国の福音を説きまた伝えながら、町々村々を巡回し続けられた。
 主イエスが宣べ伝えておられた神の国とは、実は主イエスご自身であった。主イエス無しに神の国は存在し得ず、また主イエスのおられるところにはどこにでも神の国があるのである。
 さて、神の国とはいったい何だろうか。それはまず「力」である。主イエスは、嵐を静められた。また、ゲサラ人から悪の霊を追い出された。それは、神の国の到来を告げる出来事であった。神の国は、すべての既成概念を主イエスの権威の下に再構築する。しかしゲサラ人たちは、神の国の到来を歓迎しなかった。彼らは、その権威と力を恐れ、それに耐えることができなかったのである。それほどその地は、悪魔に支配されていたのだった。
 次に、神の国は「命」である。主イエスは、病を癒され、死人を生き返らせた。神の国を受け入れた人、すなわち主イエスの権威を認め、服従する人には、永遠の命が与えられるのだ。これは、主イエスの権威の後に来るものだ。
 主イエスさま。あなたの力と権威を私の心にに啓示し、私を真に生きたものとしてください。

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