« 妥協の世界 | トップページ | 永遠に続く一瞬 »

2005/04/30

天国への備え

マルコによる福音書 第11章

 主イエスのなさることは、私たちには奇異に写る。
 彼は、つないであるロバの子を無断で解き、それに乗られる。いちぢくの生る季節ではないのに、それに実が無いと言って呪う。するといちぢくの木は枯れてしまった。また、宮で売り買いしている人々を鞭で追い出した。
 これらの一見奇異な行動は、何を意味するのだろうか。それは多分、それが霊の世界の、あるいは天国の現実だということだろう。
 天国では、すべてが矛盾無く整然と生起する。主イエスが御要りようなものがそこに無いなどということは絶対無い。そればかりか私たちに必要なものさえ、そこに無いということは有り得ない。天国においては、私たちが必要と信じるものは、いつでもそこにあるのである。それを地上の生活で表現すると、「攻め取る」、「奪い取る」というような表現となる。
 私たちが聖書を偏見無く、そこに書かれている一つの言葉もおろそかにしないように読みとり、それに従って生きるならば、私たちはこの世界に暮らしながら、聖書から天国のことを学び、今から、そこに入るための心構えをすることができるのだろう。
 主イエスさま。聖書から私たちに天国のことを教えてください。

|

« 妥協の世界 | トップページ | 永遠に続く一瞬 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59973/3923355

この記事へのトラックバック一覧です: 天国への備え:

« 妥協の世界 | トップページ | 永遠に続く一瞬 »