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2005/03/23

研究の始めにあたって

 これまでかなりの時間を費やしてエックハルト研究を行ってきたが、それも一応終了したので、今度こそ聖書に取り組んでみたくなった。その際、私が実は今まであまり良く読んだことのなかった新約聖書を対象にしてみたいと思った。というのは、私の人生に今一番必要なのは、主イエスを個人的にもっと良く知ることに思われるからである。
 もし人が人生において、神の前に思うように成長できず、失敗を繰り返し、「どうしてこうなんだろう。」と悩んでいるようなことがあるなら、その理由はただ一つ、主イエスを個人的に知らないからだと思う。
 聖書を何年、何十年学んでも、また聖書をすべて暗記していても、そしてまたたとえ、神学者のようにそれを解釈することができても、もしその人が主イエスお一人を個人的に知らないままならば、その人の人生は、神の前に実を結ぶことはないだろう。神は、すべてを主イエスを通してお与えになるからだ。
 だから、私は主イエスをもっと個人的に知らなければならないと思う。そのために、この研究を始めようと思った。もしこのブログを読む人が、私のように主イエスお一人を個人的に深く知りたいと思われるなら、このブログは、ほんの少しだけ参考になるかもしれない。それは、私と主イエスとの親密な会話となることを願っているから。そして、主イエスは私との会話のように、あなたとも会話したいと願っていらっしゃるのだから。

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