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2005/03/23

神の護りと導き

 私たち夫婦は、二人の受験生を抱えていた。高三の長男と中三の次男である。一般的にそのような家庭には、多少重苦しく、それでいてどこか張り詰めたような雰囲気がいつも漂っているもののようである。それに加えて、私の父母と同居しているため、世の常なる嫁舅関係も加わり、相乗効果を呈していた。
 そんなわけでこの年、私と妻は良く喧嘩をした。些細なことから口論となり、次の日まで尾を引くこともあった。なぜそうなってしまうのか、私にも妻にも分からなかった。そんな中、妻は体の異常を訴え始め、婦人科へ通うことになった。私の方は、教会の奉仕や会社の仕事等の重荷が重なり、ご多分に漏れず毎日を喘ぎつつ師走を迎えることとなった。
 そんなある日、長男がおなかが痛いと言いだした。最初は家族もあまり気にすることなく、そのうち治るだろうと思っていた。だが、どうもおかしいということになり、一度医者に見せることになった。
 その日、私は会社に行っていたが、検査の結果を聞くために午前中で早退し、病院へ向かった。妻はすでに来ていて、長男は点滴を受けていた。病院はたくさんの人で、MRIの検査結果が出るまでに2時間以上待たされてうんざりしてしまった。やっと結果が聞けるということで、私たち3人は医師のところへ案内された。
 蛍光灯に透かされた断層画像を見ながら医師の話を聞いた。以前盲腸の手術をしたところが5センチの長さに渡り膿んできているということだった。「手術の必要が認められます。」と言われ、長男もおなかの鈍痛がほとほと嫌になっていたらしく、妻と共に手術をする気になってきていた。こちらまで痛くなってきたおなかをさすりながら、私は医師に訪ねた。「いつまでに判断しなければならないのですか。」「そうですね、明日の正午まででしょう。」受験日を目前にして、大変なことになったもんだと思った。長男はその日、緊急入院となった。
 このような状況下にあっては、私たちクリスチャンには、家庭の祭司として振る舞うことが期待されている。難局を神の導きによって乗り越え、それをもって神の栄光を現すのである。
 しかしその日は、家に戻ったが、妻と話し合うわけでも、また特別な家族祈祷会をやるでもないまま一夜が過ぎてしまった。翌日、妻と共に再び病院へ出かけようとしていると、長女が聞いた。「お父さん、お兄ちゃんは手術するの?」私は困ったが、そのとき私の口が言った。「お兄ちゃんは手術なんかしないよ。神様がそう言ってたんだから。」私は「本当だろうか?」と思った。それは、どさくさの中に神の声を聞こうとする私の妙な癖でもあるのだが、それを語ったのは私ではないという感覚を伴う、言わば預言的行動と自分では理解している。
 昼前に、私と妻は病室の長男を訪ねた。昨夜は熱が38度以上に上がり、解熱剤を投与したということであった。病巣の化膿が進んでいる証拠であった。私たち三人はあまり言葉もなく、呆然と医師から呼ばれるのを待っていた。そのとき私の心が何かに揺さぶられたような気がした。私はふと考えた。「それにしても、良く考えてみれば、なぜこんなことで手術をしなければならないのだろう。どうも合点がいかない。」そのとき私の脳裏に、悪魔がカラカラと幻灯機を回している姿が思い浮かんた。悪魔は、日常の困難の中で、幻影により私たちを不幸に突き落とそうとするのである。しかし私たちは神の助けにより、それを見破ることができる。
 やがて私たちは、ナースセンターに呼ばれて行った。医師が私に言った。「どうですか。手術の決心はできましたか。」私の口が言った。「先生、私たちは手術のことは全く想定していないんです。」「そうですか、それではこれからはもう、手術という選択肢はなくなります。」「先生、それではこれからどうなるのでしょうか。」「抗生物質による治療を続けます。もし化膿がひどくなったらしばらく切開したままで膿を出します。」話を聞く内に、もし手術すれば腸の一部をも切除するような大ごとになる可能性があったことが分かってきた。神がそのようなことから護って下さったのだ。
 私たちは病室のベッドに戻った。長男の熱と痛みは、まだ続いていたが、私の心に確かな平安が訪れた。「戦いは終わった。」と思った。それから長男は、着実に回復して行き、一週間後、無事退院の日を迎えた。長男を病院に迎えに行くとき、家内が言った。「一時はどうなることかと思ったけど、こんなに早く退院できたのだから、もし浪人するようなことになってもしょうがないわよね。」でも私にはそのとき、またあのカラカラという幻灯機の音が聞こえてきた。また私の口が言った。「どうして、こんなことで、浪人しなければならないのだろう。悪魔が奪っていったものは、すべて取り返さなければならないのに。」私はそのとき、長男が受験に合格することを確信した。
 そして、長男はその通り、大学受験に合格したのだった。
 神の御名を心からほめたたえる。

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