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2004/10/21

転勤先で祈りの友が与えられる

東京にある本社の机で、私は少し落胆していた。

郊外にある子会社にいたときに聞いたと思ったあの神の声は、空耳だったのだろうか。それはもちろん本当の声として聞こえたのではなく、突然に私の思いに入って来たのであった。そして、突然に子会社の社長が変わり、不可能と思われていた本社への転勤の話がとんとんと進み、今私は念願の本社にいるのだった。

しかし、これは私の考えではないことは確かだ。本社に来るためには、私自身も大きな犠牲を払わなければならなかった。往復で3時間以上の通勤時間。その内の1時間は歩く時間だ。それまで毎朝行っていた賛美の家庭礼拝を継続するために、子供たちを朝6時半に起こさなければならなくなった。そして朝7時20分に家を出て、会社のタイムカードを押すのが9時3分前。この絶妙な通勤時間にマッチする電車を神は備えてくださっている。

しかし、その日私は神に向かって祈りの中で泣きごとを言っていた。神は、どうして私を本社に送られたのだろうかと。そして、せめて祈りの友を与えて下さるように神に願った。そのとき、私の心にビルの外に出て祈るようにという思いが与えられた。私は、それに従い、昼休みに外へ出て祈った。それは、ビルに隣接したショッピングモールの屋上であり、地上からは4階の高さで、あちこちにベンチがあって、何人かの人が昼食をとったり、談話や昼寝をしたりしていた。

私はベンチに座り、こうべを垂れて祈っていた。「神よ、どうか祈りの友を与えてください。私は寂しいのです。」と祈り、目を上げると、少し離れたベンチに二人の人が祈っているのが見えた。私は少し躊躇した。「はたして何の宗教だろうか。」とも思ったが、彼らが祈り終わって顔を上げたとき、私は彼らに向かって歩き始めていた。

何と彼らは、クリスチャンであった。T兄は、携帯電話の会社に勤めており、M兄は保険のセールスマンであった。彼らは、同じ教会の信徒であり、一ヶ月に一度くらい、ここに立寄って互いに祈りあっていたということだった。その一ヶ月に一度のチャンスを神が用いてくださり、私たちはめぐり合うことができた。それから私たちは、毎日その場所で祈るようになった。普段は、私とT兄の二人で祈り、ときどきM兄が加わるというパターンである。

この祈りの交わりによって、私は多くの慰めを受けた。神は、御名により、求める者の祈りを聞いてくださるお方だということを私はあらためて知ったのだった。

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